日記・コラム・つぶやき

2022年5月 5日 (木)

人生はワンダー 〜キミはダイアモンドの原石〜


感動しています😭
あやまりなく受け取ってくれていた、、と✨

_

二ヶ月ほど前のことになりますが、
とても感動した出来事を綴らせていただきます。
息子の在籍する中学校の講演会でお話をさせていただく機会がありました。
タイトルは「人生はワンダー 〜キミはダイアモンドの原石〜」✨

わたしのもてるものすべてをもってお話させていただいたような感じ。

3年生対象の講演会でした。
まもなく卒業して羽ばたいていく3年生が、様々な分野で働く社会人の話を聞く、、といった趣旨のもの。

「イラストレーターとしてお話していただけませんか?」と学年主任の先生からのお電話。
「わたしはクリスチャンで、キリスト教の出版社に勤めていました。
キリスト教のお話をすることになりますが、公立の学校ですし、大丈夫でしょうか?」と
先生に尋ねました。
すると
「全然かまいません。大丈夫です。お願いします。」と言ってくださいました。
それならば、とお引き受けさせていただきました。
息子が不登校なのに、母がお話しに行っていいものかとも思いましたが、
たくさん助けてくれた息子のお友達たちや先生方への感謝も表したい、と思っていました。

そして子どもたちに何を伝えたいか、と考えた時に
わたしがイラストレーターとしてあんなこんなお仕事をしてきました、というものだけではなく、
このわたしがお話する以上(⁈)、
自分の人生を大きな御手が導き、力を与え続けてきてくれたことを感じ取ってもらえるようなお話にしたいと思いました。
これから色んなことを経験していく子どもたちが、
勇気をもって乗り越えていく力が与えられるように、エールを贈りたいと。

とはいえ、政教分離はきちんとなされないといけませんし、
聴き終えた子達が「なんだ、宗教の話だった」とならないようにしたいと思いました。
今まで色んな場でわたしの人生の証し(信仰の体験談)をする機会はありましたが、
キリスト教色を出しすぎずに、かつわたしの体験をいかに伝えられるか、、と考えました。

絵を描くのが大好きだった子供時代からはじまって、
東京の出版社に就職したこと、
新人時代の情けないはずかしい話や体が宙に浮いていた恐ろしい地獄の満員電車体験(!笑)。

わたしがどんなイラストを描くか、
どんな漫画を描いているかということをスライドでご覧いただきながら、
わたしの人生のキーワードであるフィリピンワークキャンプや病気のことも交えてお話させていただきました。

病気になったことで、漫画を描く道が拓かれたことは、漫画塩狩峠のお証でもお話したことがあるかと思います。

また今のわたしを知る人はみんなわたしのことを行動的な人だと思っているかと思いますが、昔からそうだったわけではありません。
動ける時に動く、動くのは今、 という気持ちをもてるようになったのは、
自分の病名が確定した31歳の時でした。
お医者さんからこの病気の説明を受けてから、わたしは怖くて身動きできなくなってしまっていたのでした。
そのわたしが目を覚ますことができたのが、
アジア女性自立プロジェクト(AWEP)の代表をされていた方のお話を聞いたことがきっかけでした。
自分の苦しみでいっぱいになっていた心が前を向くようにと、そっと背中を押してもらえたのでした。
そんなお話をしながら、
わたしの人生の言葉と思っている聖書の言葉をお伝えしました。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神はすべてを働かせて益としてくださる」
ローマ人への手紙8:28(新改訳第3版)

人生には色んなことがある。
病気や辛いことも、困難も。
でも神様の力が働く時に、そんな苦しみさえも、神様は良いことのために使ってくださるんですよ、と。
私のような小さな者一人の人生を見てみても、それをわかってもらえると思うから。
人生の小道にはそんな不思議(ワンダー)が待ってるかもしれないんですよ。

wonderはとても好きな言葉です。
奇跡とも訳せますが、わたしは不思議と訳す方が好きです。
でも奇跡も不思議も、人が作り出すものではない、天からのものだと思うのです。

世界でただ一人のキミはダイアモンドの原石のよう。
自分でも思いもよらないようなものがキミの中に眠ってるかもしれないんだよ、って。
心込めてお伝えしました。

中学校での講演会の後、
生徒のみなさんは終礼の中で感想を描いてくださいました。

翌週の卒業式に受け取ります、と話してたのだけど、
先生がその日のうちにポストインしてくださってたみたいで
翌日には感想を読むことができました。

その感想を読んで、とにかく感動しました(::)

講演会の間はプロジェクターを映すために体育館は薄暗くて、
かつみんなマスクをしているから表情がわからなくて、
途中「もしかしてものすごく独りよがりな話をしているんじゃないか」と不安になったのでした。
だから子ども達がしっかり受け止めていてくれたことを知れて、
本当に感動しました。

絵を描くのが好き、という子がとても多かったです。
一方「絵の話だと思ってたら人生の話だから良かった」という声もけっこうありました。
絵に興味のある子ばかりではないですから、そんな子たちにも関心の持ってもらえる内容になってよかったです(^^)

「1日1日を大切に生きようと思った」
「これから何が起こるのか、ワクワクした気持ちになった」
「勇気や希望をもらいました。ワンダーを大切に、毎日を一生懸命いきていきたい」
そして
「とても勇気をもらった。失敗を恐れず、あきらめないでチャレンジしようと思う」という感想がとても多かったです。

あと「ボランティアをしたいと思う」や「留学したいと思った」という声も。
わたしは特にボランティアした、というような事は言っていませんが、
フィリピンにいったことやAWEPに関わっていったお話から、ちゃんと読み取っていてくれたんですね。

漫画塩狩峠のお話をしていた時に、
ネタバレになるのでストーリーはあまり具体的には内容は語らず、
自分が原作から受けた衝撃をお伝えし、ぜひ原作を読んでください、とお話したら、
とても多くの子が「塩狩峠読んでみます!」と書いてくれていました。
嬉しい、、(:u:)

「いつもの講演会は眠くなるのにおもしろくて全然眠たくならなかった!」という声も多かったです(^▽^;)よかった

「のださんの人生は神様が与えてくれたとても素敵な人生だと思った」って書いてくれてる子もいました✨

そして、
「夢があるけど親に反対されるから無理とあきらめていました。
でものださんの話を聴いて大変でもあきらめずに目指そうと思った。
このお話は一生忘れない。人生の恩人です。」とまで書いてくれている子がいました。

責任重大だな、と思います。
親御さんからクレームがくるかな。
でもその子の人生はその子のものです。
人生は一度きり。
悔いのないように歩んでほしい、と思います。
その子のために祈りました。
そして子どもたちみんなの人生を神様が導いてくださるようにと。

あと中学校時代、わたしは人前で話をするのがとても苦手でした。
緊張でブルブル震えていたのです。
そんなわたしが今では別人のように、
大きな顔をして人前で平気で話をして歌を歌ったりしていることもお伝えしました。
だから、今苦手だと思っていることが、案外好きなことにかわることがあるかもしれないんですよ、ともお伝えしました。
そのことについても、同じように人前で話すのが苦手な子たちから
「今は苦手だけど、いつか好きなことになるかもしれないと思ったら嬉しくなった、楽しみになった」と書いてくれていました。

そして私の話し方や声についても、とてもたくさんの子が感想を書いてくれていました。
↓こんな
すごく聞きやすい声、優しいきれいな声、話し方がとても上手で本に出てくるような素敵な言葉がいっぱいだった、
あたたかく包み込むような声、クラシック音楽のようになめらかで聴いていてうっとりしていました、なんて感想も、、
きゃ〜😍
もったいなすぎる言葉〜💕

ナレーターますみも愛を込めて渾身の声で臨みました。笑

あと、これは
問題発言をしてしまったかな、と思うのは(^^;)
落書きを推奨してしまったこと!笑

いや、自分自身を振り返る時に
落書き、ってこう、
インスピレーションと右脳の開放というか
研ぎ澄まされた瞬間というか、そういう降ってくる「間」に描くもの、というか。
授業中って左脳がフルで動いていると思うんですね。
その隙きをついて、右脳が開花する瞬間というか、そういうのがあるように思います。
その結果、落書きという行為を、、、笑。
それで落書きでかなりお気に入りの絵を描けたことがあるので。
(1枚仕事の合間に描いた落書きの絵をみなさんにお見せしたのです)
Photo_20220505214801 
そして先生方に「落書きをお見逃しください」と言ったワケです、はい。笑

そしたら何人かの子が
「落書きはいいものだと言っていたから、これからも落書きをたくさん描いていきます」って描いてた〜っ(^▽^;)
先生方、すみませ〜ん!

、、と
大変長くなりましたが。

わたしのような者がこんな機会をいただけて、本当に感謝で胸いっぱいです。
小学校時代から知ってる子達もたくさんいて、
背丈は大きくはなっていても、私にとってはかわいい子ども達です。
コロナを経験し、
また世界も不安と恐怖がたちこめている、
そんな時代に生きている子どもたち。
もっと色々お話したいことはありましたが、
あまり広げすぎてもまとまりがなくなるので、お話はできませんでしたが、、。
言葉に出来ないような想いをしていいる子もいるかもしれない。
わたしの単純な人生経験なんて参考にはできない日々を生きているかもしれない、、。
そんなことも心にありつつ。
もしそうだとしたら、
聖書を開いてみてほしい。
聖書の言葉で人生が変えられ、光と出会った人達がたくさんいます。

子ども達の歩む人生が、喜びと光で満ちたものとなりますように。

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2016年10月18日 (火)

葛藤

祈っていることがある

祈って

祈って

神様と格闘するように

祈っている

本当にこれが

わたしの道なのか

この道を

主が用意されたのか

自分には大きすぎるミッションの重みにたえた数年

でも

それでも

それが主が用意してくれたんだと

確信できた

だから

未熟すぎる自分でも

臨まなければならないと

歩みだした

もしも

これが確かに

主が用意された道なのだと

確信できたなら

どんな道でも

行くしかない

でも

今度のはどうだろう

本当にわたしなのか

わたしがしていいのか

もし違ったら、、、?

怖くて

恐ろしくて

これに挑まなけばならないと考えただけで

涙がでる

主よ

わたしには無理です

わたしがやってはいけない

そうではないですか、、、?

ずっと

問い続けて

答えがでたと思って

いや

やっぱりダメだ

って

逆戻りして

でも

思い浮かぶのは

主がモーセに語られた言葉なのだ

イスラエルの民をエジプトから連れ出すと

エジプトの王パロに告げよと

罪を犯して逃げ出した男に

無理難題と思われることを

主は言われた

モーセは尻込みする

でも

主は言われる

「さあ行け。わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう。」

答えはもう出てる

ただ

それに立ち向かう

勇気を

覚悟を

与えてくださるように

主ご自身がわたしの手とともにあって、

描いてくださると

信じる心を

与えてくださるように

恐れず

真実を伝える者となれるように

どうか

わたしのために

祈ってください

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2016年7月23日 (土)

聞かれた祈り

ふつう「祈りが聞かれる」というのは

神様が祈りをかなえてくださる という意味だけど

このお話はそれとはちょっと(?)違う


ちょうど一年くらい前のこと

まばゆい日差しが一日降り注ぎ

蝉の声が遠くからも近くからも響いてくる夏の日

暑さに強くないわたしは

夕方からのご飯作りに備えて

短い時間少しお昼寝しようとベッドに身を横たえた

10分でもウトウトできたら元気でるから、、

と少しまどろんできた

その時でした

網戸をしめている窓の外

タタタッと


駆けて来る子どもの足音がしたかと思うと、、

女の子のはっきりした声が聞こえた

「土曜日までにお母さんのギプスがとれますように!」

そしてまたすぐに

タタタッと駆けていく足音

ウトウトしかけていた私の目は一気に覚めた

我が家は3階建てのマンションの1階の角部屋 

そしてわたしの仕事部屋兼夫婦の寝室のある部屋の南西の窓のすぐ外には

お地蔵さんの小さな祠がある

でもお地蔵さんの祠は壁で囲われていて

私たちの部屋からは直接は見ることはできない

地蔵盆の時期なんかは

ゴスペルを歌うクリスチャンの私のもとに線香の香りが漂ってきたりする、、笑
.

恐らく女の子は

周りに誰もいないのを見計らって

急いで駆けてきてお地蔵さんに祈ったのだろう

それがまさか

見ず知らずの私に祈りを聞かれてしまったのだ

ごめんね、、と申し訳ない思いに襲われつつも

「お母さんのギプスが取れますように」と祈った

女の子のお母さんを思う気持ちに

思わず目頭が熱くなった

子どもにとって

お母さんがしんどそうにしていたりするのは

一番不安でつらいことだから

女の子はお母さんのことを思って心配していたのかな

土曜日はちょうど小学校で夏祭りのある日

もしかしたら女の子はギプスの取れたお母さんと一緒に夏祭りに行きたいと思って

そう祈ったのかもしれない

(全然違うかもしれませんが)

盗み聞きする気など全くなかったものの

何とも言えない罪悪感とお母さんを思う女の子の優しい想いが

切なく胸にあふれてきた

わたしは

女の子にかわって

天の神様にお祈りした

「天の父なる神様

どうぞ、あの女の子のお母さんのギプスが取れますように

そして女の子とお母さんが笑顔で土曜日を迎えらるようにしてください、、、!」


遠くから響いてくる蝉の声と女の子の想い

忘れられない一コマとなった

さてさて

祈りは聞かれたのかしら…?


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2015年3月 9日 (月)

「塩狩峠」に魅せられた人々

ついに完成した単行本

漫画「塩狩峠」

2月28日に塩狩にお届けする、、、

それを目指してやってきました

かなりの強行スケジュールでしたが

ゴールが見えていました

ところがその直前

ここに詳しくは書けませんが

もしかしたら間に合わないかもしれない

という恐れがあったのです

わたしは涙しました

それは制作とは関係ない次元の話で

こちらではどうしようもないことだったのです

祈りに祈りました

だから

無事単行本をお届けできたときには、、

本当に感無量で、

主なる神様に感謝をおささげしました、、、


今回、名もなき漫画描きであるわたしを招くために

無償で奔走して下さった方がいました

塩狩ヒュッテオーナーの合田さんです

(その出会いは前に投稿した「長野政雄さんに出会う旅」に詳しく書いています)

http://shiokari.info/

塩狩峠がある和寒町に働きかけてくださり

今回の出版記念交流会を企画・実現させてくださったのです

そして交流会だけでなく

和寒町や小学校、図書館への贈呈のセッティングもしてくださいました

オーナーご自身が北都新聞の記者もしてらっしゃる関係(?)で

道北日報さんや北海道新聞さんの記者さん、さらには読売新聞旭川支局さんからも取材をうけ

なんと道北日報さんは一面カラーで贈呈の様子を載せてくださったのです!

わたし自身はあまり写真にうつりたくない人だけど

少しでも「塩狩峠」の作品を人々に知ってほしいから、

本当に本当になんと感謝なことでしょう、、、!

最近の文章離れもあってか、事故のあった地元の人々でも

小説「塩狩峠」を読んだことのない方がいらっしゃるようです

そんな方達にぜひ原作にふれるきっかけとなるよう

この漫画が用いられてほしい

合田さんも「地元の小中学生がこの漫画を読んでから旅立っていけるように」と仰ってくださっています

小説「塩狩峠」の主人公永野信夫のモデルとなった長野政雄さん

この方の素晴らしい生き方を知って、

全国的にも世界的にも知られている場所であることを、誇りをもって成長してほしいです

交流会は塩狩峠記念館でもたれました

塩狩峠記念館は三浦綾子さんが雑貨屋をされていた時の雑貨屋兼住居がそのまま移築されたもので

塩狩峠の白樺の木立の中に味わい深い雰囲気を醸し出しています

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交流会の中では

三浦綾子読書会の代表をしておられる森下辰衛先生と「塩狩峠ー愛と死の記録」の著書 中島啓幸さん、

イラストレーターのみなみななみさんからの質問を受けて、三浦綾子さんの作品との出会い、「塩狩峠」との出会いや制作過程で苦労したことなどを来場された方々にお話しました

辰衛先生の「連載をされる中で、苦しまれたことはなんですか?」との問いにこのように答えました

「10歳の少年時代から育ててきた、ある意味我が子のような信夫についにその時を迎えさせなければならないのが、本当に苦しかったです。

一体どんな思いでその場面に臨んでいたのか、わかりようがない想像をはるかに超えたことですが、それを思いながら、

身を断たれるような思いで泣きながら描きました」

また

「婚約者のふじ子の思いはどんなだったか、、

たくさんの人のいのちを救うという素晴らしい死を遂げた婚約者ですが、

自分の元に帰ってきてくれなかったその思いはどんなものだったのか、、と苦しみました」

それを聞いた辰衛先生が

「綾子さん自身も涙を流されながら小説を書いた」のだと仰ってくださいました

「だから安心しました」とも、、

本当に本当に嬉しかった、、

辰衛先生は連載最終話が完成した直後、

「最後まで忠実に描き通され感謝感激でした。」とご連絡くださったのです

誰よりも三浦文学を愛してやまないこの先生から

このようなお言葉をいただけて、、

涙しました

原作に忠実に

とそれを心がけてきた

それを喜んでくださる方がいる、、、

その言葉だけで十分すぎるほどに報いを受けました


交流会の際に、ユキヤナギのはいった美しい花束をいただきました

ユキヤナギは「塩狩峠」の中で婚約者ふじ子と信夫の大事な花として描かれています

そんなステキな計らいをしてくださった

合田さんは本当にすごい方です


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この交流会のあと

塩狩アイスキャンドルの集いがもたれました

これは長野政雄さんを思う人々がずっと続けていたことで、

でもキャンドルの集い自体は長い間途絶えていたのを合田さんが復活させました

氷で作った美しいキャンドルが300個以上も塩狩峠におかれ

(紙袋やキャベツで作られたキャンドルもありました!)

銀世界の中、幻想的でやわらかな光を放ちます


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ずっとゆるんでいた気温が

この集いの頃から一気に冷え込み

本当の塩狩の寒さを体験できました

(-10℃くらい?もっとかも)

小説では事故の時間帯は午前中となっていますが、

実際の事故が起きたのは夕方5時半

2月のことですから真っ暗です

そんな真っ暗なエゾマツの原始林の中を列車は逆走したのか、、と

車中の人々の混乱した様子

その時立ち上がった長野政雄さんの姿が胸に迫ってきました

思いのある方々で集まり、碑の前で祈りをささげました


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この交流会のために

わざわざ福島から駆けつけてくださたった男性がいました

「塩狩峠」が大好きで、ネットでこのイベントのことを知ったとのこと

感動しました、、

逆に、その方と写真撮ってもらいました(^^)


そして、、

この漫画を最初から監修し続けてくださっていた光世さん…

最終話の監修後2週間たった頃だったろうか、、、

天へ召されたとの知らせが、、

雑誌『百万人の福音』の読者の欄で、ある方が仰ってくださっていた

「最終話を見届けるかのように旅立たれた…」と

ご高齢のお体で、いつも見てくださって、、

初めのご挨拶と取材旅行で訪問させていただいた時も、とてもあたたかい言葉をかけてくださった…

単行本を見ていただきたかった…

でもそれはかなわなかった

だけど、天で綾子さんと喜んでいてくださるだろうか、、

光世さん、本当に本当にありがとうございました…!

言葉に尽きせぬ感謝をおささげします…!


今回の旅で

この「塩狩峠」が多くの方にとっていかに大切な作品であるか…

改めて知ることができました

クリスチャンであるないに関わらず

多くの人々のこころに

光を

道を

示していてくれる…


毎年訪れているという方もおられました


そんな人々の思いの前に

やはり自分の頑張りは十分ではなかったのではないかとも

思わされます


今はただ

現代に生きる私たちにも光を与え続けてくれる

長野政雄さんのあらわされたもの、、

それを仰いでゆきたい

そう思わされます


今回の旅の最終日、旭川六条教会の日曜礼拝に出席させていただき

そこで牧師先生がモーセの箇所から語られていました

「あなたの聖地…つまり大切な場所はどこですか」


しずかに見守っているかのように佇む白樺たち…

人々のために散った清い青年のいのち…


塩狩峠

わたしにとっての聖地は

そう、きっとここなのです


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2015年3月 4日 (水)

わたしは感動を描きたい

2011年

あの大震災の起こる約2週間前

わたしは旭川にいた

三浦綾子さんが書かれた「塩狩峠」を漫画にすることになり

その第一回目の取材旅行だった

三浦綾子文学記念館の館長をされている

綾子さんの夫 光世さんへのご挨拶もかねて

三浦ご夫妻の集われる旭川六条教会も訪れることも決まっていた

この六条教会

「塩狩峠」の主人公のモデルである

実在の鉄道員 長野政雄さんも明治期に集っておられたのだ

三浦文学を愛する者にとってはこの六条教会は聖地のようなもので

まさか訪れることができようとは、、と感無量だった


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その日「塩狩峠ー愛と死の記録」を著された中島啓幸さんにお会いできるのは知っていた

が、、

なんと綾子さんが「塩狩峠」を雑誌『信徒の友』に連載されていた際

挿絵を描かれていた油絵の中西清治先生

さらに「氷点」にでてくるヒロイン陽子と恋に落ちる青年 北原のモデルとなった三浦ご夫妻のご友人Oさん

も勢揃いされているではありませんか、、、!

わたしはすっかり恐れをなしてしまった


ここで話はさかのぼるけど、

数ヶ月前

「塩狩峠」の漫画化のお話がきた時のこと…

そもそも

三浦文学大ファンであるわたしは

自分ごときの漫画描きが描くことは許されないと思っていた

原作を愛するがゆえに、そのイメージを崩すことはしたくなかった

でも編集部から何度かのオファーがあった

そして編集部からの電話

編集者「三浦綾子さんの「○○○」はどう?」

わたし「う~ん、、むり」

編集者「じゃ、△△△△は?」

わたし「わたしその辺の歴史まったくわからないし、考えられないなあ」

編集者「じゃ、、、「塩狩峠」は?」

わたし「………」


なぜか「No」と言えなかった

その時思った

実話をもとにしてるこの作品…

わたしなどには到底ムリかもしれない

でも、、ムリであったとしても

これは挑戦しなければならないのではないだろうか…?

なぜか「塩狩峠」の時にはそう思ったのだ


わたしが「塩狩峠」に出会ったのは17歳の時

あの時の衝撃は忘れることができない

三浦綾子さんの作品の「道ありき」はすでに読んでいた

しかし、当時キリスト教に大変反発していたわたしは「道ありき」でさらに心を頑にした

綾子さんの歯に衣着せぬ語り口…

日本の文化が大好きで、日本人なら神道仏教が当たり前だと思っていたわたしは

「結局キリスト教が本物、だと言っているでばないか」

と生意気にも反感を覚えた

しかし

「塩狩峠」を読んだとき

主人公信夫の生い立ちと自分自身がリンクした

信夫の経験する葛藤と戸惑い…

共感した

そして衝撃のラスト

ものすごく感動した

でも、、、

ひねくれた女子高生だったわたしは

「感動したけど、どうせ作り話でしょ」と

心をクールダウンさせようとする

そのままあとがきを読み進めると…

そこに主人公信夫には実在のモデルがいることが記されていた

その時の

魂を揺さぶられるような感動を忘れることはできなかった

こんな生き方をした人が本当にいたのかーーー!

涙がとめどなく溢れた

「自分」がわからなくて

「自分」の醜さがいやでいやでたまらなかったあの頃

「これが本物だ」と思えるものが知りたかった

だから反発しながらも手探りして

再び綾子さんの作品を読んだのだ

そんなわたしに「塩狩峠」は

一筋の光を与えてくれたのだ

編集者からの問いかけに

その全部が思い起こされた

そしてしばし祈ってお返事すると伝え

数日後

お受けします、との連絡をした


話は戻るが

そんなやりとりを経て

「塩狩峠」を描くからにはなんとしても塩狩峠に行かなければならない、

しかも主人公のモデル長野政雄さんが実際に殉職された

2月28日に行かなければならない、と

旭川へやってきて

六条教会の扉をたたいたのだった

「塩狩峠」のことを知り尽くしているであろうこのお三方を前に

縮み上がっていたわたし(と編集者)

ちょっと資料をもらって写真とって帰ろう

くらいにしか考えていなかった

綾子さんと一緒に挿絵を考えてこられた画伯を前に

わたしの心はちんまりしぼんでいた

 綾子さんに会ったこともなく

 北海道民でもないこんな小娘に

 わたしたちの大切な「塩狩峠」を描けるのか

ときっと思っているにちがいない、と辛かった…

いろんな言葉が厳しく感じられ

いや、当然です

本当にみなさんにとって大切なこの作品

わたしのような者が漫画にするなんてとんでもないことでしょうね…

と三浦文学を愛するわたしですから

痛いほどその気持ちがわかった


でも、

これだけは伝えなければならないと心をきめた

「わたしは自分が未熟であることは百も承知です

でも…わたしは高校生の時にこの作品を読んで

魂が揺さぶられるほど感動しました

わたしはその感動を伝えたいんです」

と心の奥から絞り出すようにお話しした

その時

中西先生の目がキランと光った

(いや、確かに光ったのを見たのです)

そして中西先生は勢いよく

「そうです!それでいいのです!その感動を描きなさい!」と

熱く仰ってくださった

涙がでた


駅まで中島さんが車で送ってくださり

綾子さんの通われたお店なども紹介してくださりながら…

わたしのこころは軽かった

「わたし、綾子さんに天国でお会いした時「あれ良かったわよぉ」って言ってもらえるよう頑張ります」

そう中島さんにお伝えした



あれから4年後の2月28日

わたしは完成した漫画「塩狩峠」の単行本をお届けするため

塩狩にいた


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3年と半年の連載期間

漫画を描くとはこれほどまでに苦しいものかと

産みの苦しみを痛感した

家族の支え

たくさんの方の祈りに支えられ

この日を迎えることができた


今はただ

この作品が

綾子さんの原作と出会うきっかけとなってほしい

主人公のモデルとなった長野政雄さんの生き方を知ってほしい


この漫画を読んだ人が

神様の存在に思いを向けてもらえたら…

それ以上すばらしいことはない


でもきっと読んだ方の中に

「なんかおかしいぞ」とか思われる鉄道ファンの方もいらっしゃるでしょうし、、

「イメージと違う!」とか、、

色んなご意見、、でるんだろうな、、

怖いですけど、覚悟します(T T;)

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2014年6月21日 (土)

妻のキケンなお願い

時々

妻から夫へ
とんでもないお願いが告げられる。
「あのね…お願いがあるの…」

「土下座…してくれない?」

え?
いや、まさかそんな趣味はございません。
大切な旦那さまにそんなね
どういうわけかというと

モデルになって、
という意味なんですね、はい。

漫画を描いてると
どうしても、これモデルが必要
という場合があります。

それで今連載中の「塩狩峠」
けっこう土下座シーンでてきます

ネットの画像検索でけっこう色んなの調べられるけど
欲しいアングルがなかったりする。

それで
妻は無理な注文を夫に投げかける。

土下座では飽き足らず…(?)
「あのね、ちょっと…脱いでほしいんだけど」
と大変キケンなお願いまで

いやね、
男性の上半身裸の後ろ姿が欲しかったんですよ。

「塩狩峠」読んだことのある方ならわかっていただけると思いますが、
あのシーンですよ。はい。
あ、映画にもこのシーンは出てきたかな。

それで
一肌脱いでもらったわけです。笑
(↑ひとはだ、ってこれであってますか)

いや〜懐かしいな
大学時代はヌードクロッキーもしたもんね。
でも大抵は
そんなキケンなモデルではなく、笑
腕とか指先とか、、
けっこう出てるんですよ。
うちの旦那さん、笑。
そんな部分での支えがあるからこそ
できるお仕事です…
さぁて
次はどんなモデルのお願い
しちゃおっかな〜

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2014年4月 4日 (金)

花のような人

友人の結婚式に出て

お花をわんさともらってきた
立派なカラーが際立っていました
そしてバラにキキョウに紫陽花に…
おうちにかえったら
心ほくほく
いそいそと花瓶に生けた

でもあまりの量の多さに
花瓶だけではおさまらず
ガラスのサラダボールにまで
お花たちは進出
おうちのあちらこちらに
生花があるって
なんてステキ
中でも
いちばん嬉しかったのは
やっぱりカラー
その凛とした姿に
惚れ惚れ
リビングと脱衣所に
生けた

そのカラーを見ながら
「きれいだねぇ
ありがたいねぇ」と旦那さんに話していたら
旦那さんが立ち去り際に
こう一言
「カラーってますみみたいだね
こうシュッとした感じが」

なんですって〜
男性に花に例えられて
嬉しくない女性はいません
しかも
それが我が旦那さまときた日には
思わず
鼻歌歌っちゃったもんね〜
♪花のような人
あなたを思えば
わたしの心は
いつでも小春日和…♪
アン・サリーの歌「花のような人」

さあ
これを読んでいる
夫諸君!
今日
あなたの妻を
花に例えよう
きっと
いいことあるよ
奥さんの笑顔が増えたり
奥さんがますますきれいになったり…


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2013年1月 9日 (水)

新しい年 新しい歳




Budou



ついにきた
四捨五入すると、、、
アラフォーになってしまう年齢が…!
なーんて、
そんなことは気にしてませんが
お肌は年々衰えようとも
内なる人は日々新たにされています
だってね、
20代の頃のわたしより、今のわたしの方がずっと若い
…こころがね、笑

新しい年と
新しい歳が同じ時期にスタートするので
いろいろ 心新たに思わされる…
去年
ちゃんと色んなことを
見つめて 見極めて…
これただろうか
後半はあまりに忙しくて
何かに追われるようだった
自分の精一杯を毎日ささげてゆきたいと思いながら
たくさんのものを抱えすぎて
まわりが見えなくなってたんじゃないかな…

だから
今年は…
あまり色んなことを抱えすぎないようにしたい…と思う
(去年はじめもそう言ってたような気がするのは、気のせいか…涙)
もちろん、人間生きてたら自分の力ではどうにもしようのないことが起きてくる

でも、自分が握りしめて放さないでいるものも…
きっとあると思う
それが ほんとうに必要なことなのかどうか
しっかり見極めなければ…

わたしは、自分がいっぱいいっぱいでも
周りを気遣うことができるような大きな人間ではないから
大切な人が苦しんでいることに
気づかずに過ごしてしまうことのないように

小さなことに忠実になれる人になりたい

毎日の小さな、ささやかな瞬間を大切にしたい

この目標も
なんとか3日坊主で終わらないようにしたいけど…
そして
去年からはじまったわたしの目標…
というか目指すところ

「賛美するように語る者となれ」

わたしの歌を聴いた人が褒めてくれた後に
「話す時の声と全然違うね〜」と言われる
その言葉を褒められた〜とそのまま喜んでいいのか…?
いや、ちょっと待て
ということは、、、
わたしの話し声はそんなにひどいのか〜…なんて。笑

それは声だけの問題ではなく
声に出して表す言葉にもそれが表れていると思う

賛美するとき
歌うとき
心を注いで、言葉のひとつひとつに思いを馳せる

でも毎日の中に散りばめられている話し言葉に
どれほどの心を注いでいることだろう
無神経な言葉
無慈悲な言葉
辛辣な言葉
または、必要な言葉が足りないこと…
どれほどあることだろう
だから…
賛美する時に真剣に向き合おうとするように
毎日の何気ない言葉にも 向き合いたい…

これは去年の目標だったんだけど
もちろん達成できていない

きっと一生の目標になると思う

数ヶ月後に
「あんなこと書いたっけな〜」と遠い目をしてるかもしれないけど…笑

ひとまずこれが、
2013年、35になったわたしの目標

ここに書いて
公表してしまった以上、
しっかりやらねばね


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2012年5月25日 (金)

約束のことば

結婚9周年を迎えた


9年という数字をみると
もうそんなにたつのか…という思い

この9年
それはそれは
いろんなことがあった


うれしいことも
つらいことも
戸惑いも
よろこびにふるえることも
立ち止まることも

からだが病むことも
こころが病むことも


でもそのひとつひとつが
なくてはならなかいものだったのだと

こころから思う

5月24日の結婚記念日に
必ずすることがある


それは
「約束のことば」を読み合うこと

結婚式のときに
「健やかなるときも 病めるときも 
富めるときも 貧しきときも …を愛しますか?」
と牧師に聞かれて
「はい、愛します」と答えるあの部分

これが一般的な誓いの言葉だと思うけど

わたしたちは
自分たちで考えた「約束のことば」を読んだ


結婚までに
わたしが独身時代通っていた教会の牧師先生に
二人そろって結婚カウンセリングというのをしてもらった

この結婚カウンセリング
欧米などではポピュラーなものらしい


今まで全く違う環境で育ってきた
価値観の違う二人

その生い立ちから考え方など、、
先生のカウンセリングを通して
お互いを知り、結婚生活への備えをしていくのだ


その中で、
私たちにぴったりあった約束のことばを考えるようにと
先生におすすめされたのだ

そして一生懸命考えて
さらに先生がもっとふさわしい言葉へと導いてくれる


そのことばを毎年
読んでいる

パートナーへの約束のことばとして

わたしから旦那さまへの約束のことばの中の
一部分を少しだけここに紹介します


* * * * * * *

…さん

……

いつも ありのままのあなたを心から喜び
あなたに寄り添い、敬い、あなたを見つめ続けます
 

あなたが安らぎ 楽しむことができるよう
女性として あなたに尽くし 慰めます


どんな時もあなたの味方であり続け
時には沈黙して従うだけでなく
わたしにしか感じ取ることのできないものを
あなたに向け 真っ直ぐに投げかけます


あなたの助けとなれるよう 柔和と朗らかさを育て
あたなと共に喜び 共に悲しみ 共に発見できるよう
すべてを分かち合います

……

* * * * * * *


結婚生活を送ったことのある人なら
この約束のことばが
どれほど難しいものか、おわかりいただけると思います

カウンセリングをしてくださった牧師先生の奥様も
「ちょっと書き過ぎよ〜」と率直に言ってくださりました、笑


でも初々くて健気な花嫁だったわたしは(笑)
心底こうありたいと願い
こころをこめて約束のことばとしたのです


この約束のことばは
旦那さんのものも わたしのものも
「わたしは これらのことを 神の助けによって 約束します」
と閉じられます

そう
愛する ということが
どんなに難しいことか
それを学ぶのが結婚生活


わたしのような足りない人間には
神様の助けなくしては この約束はなりたたない 

結婚生活
うまくいってる時もあれば
しっくりいかない時もある

でも必ず
この約束にかえってきたい

そして少しずつ「ほんとの夫婦」へと成長していきたいな

おじいちゃん おばあちゃんになった時も

こうして手をとりあって
約束を思い起こせる夫婦でありたいな


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2012年5月13日 (日)

あしあと


昨日と今日と教会で
東後 勝明先生という方が来てくださり
「ありのままを生きる」と題して
教育後援会がありました。


この東後先生
わたしは全然存じなかったのですけど

とっても有名な方で
NHKラジオ「英語会話」を13年半にわたり務められた人気講師とのこと。

その視聴者だったという方がはるばる京都からいらしてました。
その他ファンの方も駆けつけるほど。


英会話の権威でものすごい方なんだけど
見た感じはとっても優しい
サンタクロースのようなおじいちゃま
(失礼かな、、?

今は好々爺のように見える先生も
以前はこうではなかったそうです

それをここに詳しくは書けないので
先生の著書「ありのままを生きる」(いのちのことば社)、
「あなたはあなたでいい」(新教出版社)などがありますよ。


そして
昨日の午後
今日の午前・午後と3回にわたる後援会の中でのメッセージ
こころに残ることばがいっぱい


お話をきけてよかった…


そのうちの少しをシェアします
ざっと抜粋という感じだけど。。


* * * * * * * * * * 

「ことば」は「息」から生まれる 
「息」は「いのち」
「いのち」は「神さま」が与えられる


「ことばといのちは結びついている」

「こころの裏付けのないことばは相手に届かない」


神様と出会ってからかえられた自分をみて
「神様に戻してもらった」という感覚


病気や苦難、試練も
神様の御手の中、ゆるしの中で起きていること


試練や困難が起きたとき…
Why? ではなく How?
その苦しみの意味を問うても
この世で答えはでない…

なぜ(Why)この苦しみが…?というところから、
どのようにして(How)この困難を乗り越えるか?
この困難を受け止めるか…が問われている


キリスト教の信仰は
信じれば、何の困難も苦しみも経験しなくなりますよ!というものではなく
「神様が一緒にいてくださるから、どんなことが起きても大丈夫!」と確信できるようになること

* * * * * * * * * * 

すこし、わたしなりの解釈をしてしまってるとこもあると思うけど、
わたしのこころに残ったいくつかを紹介しました


自分でもよくわかっていたと思ってたことも
たくさんあったけど


改めて…

先生の人生のひとつひとつを
紐解きながら語られるメッセージ

神さまの「あしあと」を感じた。


確かに神さまは
わたしたちと共に歩みをされる。

わたしの人生を振り返っても

19の時、神さまを信じて生きていきたい…!と思った
あのフィリピンで
わたしの人生の転機がやってきた。

それからの歩みは
東後先生が言われたように
まさしく「自分を取り戻していく」歩みだったように思う
(まだその途上の34歳ですけど)


うれしい時も
たのしい時も
苦しかった時も
思い悩んで立ち止まっていた時も
むなしさを感じていた時も…


神さまのあしあとは
確かにわたしのそばにあったんだ


それが
東後せんせいのお話を通して
こころに迫ってきた。


そうだ

だいじょうぶ

どんなことが起きても


だって…

神さまが一緒だからね。

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