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2020年10月

2020年10月17日 (土)

君はダイアモンドの原石 〜自粛と不登校のあいだ〜

2月27日(木) 

安倍首相が翌週から全国に休校要請をするというニュースを前に

「一年生のクラスに行けるのは、、明日しかないよ!」

わたしは息子の顔を見て言った。

 

 

前の記事の時間までさかのぼると、、

息子が適応教室に出会って通えるようになったところまで書いたと思う。

 

「楽しかった〜」と行って帰ってきていたのだけど

それからすぐに

適応教室も行けなくなってしまい、

9月の終わりくらいまで悶々とした日々を送っていました。

 

せっかく拓かれた道

それなのに行けない自分、、

そうして落ち込んでは自分を責めて、怒りを爆発させたりしていました。

 

でも父の少し厳しい態度への反抗心をバネに

なんとかまた足を運べるようになったのでした。

 

そして怪我から2年の日を迎えようとしていました。

1年目の時は、

怪我をしたその時間が迫ってくるのを数日前から恐れていました。

もう一度恐怖を再体験するかのような行動をしていました。

 

でも2年目が近づいてきても、

特に変わったこともなく毎日を送っていました。

まるで忘れてしまったかのように。

 

1年目を過ぎた時は調子を崩しましたが、

2年目を過ぎても大きく調子を崩すことなく時間が流れていきました。

 

「乗り越えた、、!」

 

そう感じました。

 

適応教室には週に1〜3回程度

お昼からの重役出勤で通っていました。

 

自律神経の不調はまだ続いていました。

 

そして2学期も終わろうとする頃、

夕方もう暗くなってから

担任の先生が三者懇談の時間を特別に設けてくださって

不登校になってから初めて中学校に行くことができました。

 

そこで

三学期には授業やホームルームの一部分だけでも

なんとか学校に来れるようにしたい、

と息子は先生に伝えたのでした。

 

学校に来ることが恐ろしくてならなかった頃からは考えられないほど

前向きになっていました。

 

そして三学期になりましたが、

なかなか気持ちと機会を見出すことができないままに3月を迎えようとしていました。

 

そこで発表された安倍さんの要請でした。

 

3月というと、

子どもたちにとって、先生にとって、保護者にとっても

特別な時です。

 

共に過ごしてきた仲間との別れを惜しんで

残りの日々を心に刻んでゆく、、

そういう時です。

 

それが突然絶たれたのです。

 

子どもたちや先生のことを思って泣きました。

一年前の卒業式までの日々を思い出しました。

あの大切な時間が急に奪われてしまうなんて、、。

 

しかし

 

3月にはなんとか学校に行かないと、、

明日行けるかな、来週行けるかな、、

また行けなかったらどうしよう、、

そんな気持ちが渦巻いていたであろう息子の背中を

安倍さんの要請は逆に押してくれるものとなりました。

 

「明日行くしかない!」

 

そして28日の金曜日

数カ月ぶりに制服を着て、

終わりのホームルームの時間に、

みんなのいる教室に行くことができたのでした😃

20分くらいの短い時間でしたが、

大きな大きな一歩を踏み出せたのでした。

 

結果的に1年生のクラスは翌週の数日間も続いたのですが

(そうですよね、でないと先生も大変です💦)

休校要請が大きな原動力となったのは、本当に神様の憐れみでした。

 

そしてはじまった休校

続いての緊急事態宣言

 

すべての子どもたちだけでなく

大人も

引きこもりの日々に突入しました。

 

学力の低下を心配する声がよく聞かれましたが

「そんなこと、ぜんぜん心配しなくてもいいですよ〜!」と

不登校を経験している息子の母は言いたい。

 

全国みんな同じように遅れるんですから

何を心配するのでしょう?!

 

学校でただ一人

クラスでただ一人

取り残される経験を味わった者にとっては

そう思えるのでした。

 

もちろん厳密に言ったら

休校に入った子どもたちの家庭の格差によって

学習の格差が生まれる、、ということはあると思いますけどね。

 

去年、

1年生の一学期

授業も何もかもすべて遅れていく中で

日本の学校システムは

一度歯車から外れてしまったら、そう簡単には戻ることはできないのだと

まざまざと痛感させられたのでした。

 

追い詰められていく中で

不登校の子と母親が心中した話が頭に浮かんでいました。

 

子と母が孤立し追い詰められていく構図がよく理解できました。

もし父親や親戚、周囲の人々が

「学校に行くのがしんどい想い」を理解できず、

学校に行くことが当然なのだと思う人たちであったなら

容易にその道へと転がり落ちるのだろうと、、。

 

今とても不登校の子達が多いです。

コロナ自粛後、特に増えています。

 

なんだか、

学校システム自体を見直す時なんじゃないかな、、と思う。

みんなが決まったカリキュラムを修得するのではなく、、😞

でも、その話は今は置いといて、、💦

 

 

休校解除となってからは、

息子は喜んで適応教室に通っています。

引きこもりに慣れていた息子もさすがに引きこもりに飽き飽きしたのでしょう。

通える頻度も増えてきました。

 

そしてこの自粛期間

大きく変わったことがあります。

 

それは息子がグンと背丈が伸び、肩幅も広くなり体型が変わったこと。

そしてなんと、、

ファッションに目覚めたことです😵❗

本当にそれは

わたしも夫もまったく予想だにしなかったことでした❗❗


久しぶりに息子に会った人は

本人だとわからないくらい見た目と服装がかわりました👀

そして親から見てもなかなかセンスがあるんですよね。笑

 

 

息子は元々レゴが好きだったり

絵を書いたり工作が好きだったりしたので

そういう道に進むのかなぁ、と思っていましたが、

 

先日適応教室の先生との懇談で

「ファッションの高専がありますよ」とオススメされるほどになりました、笑。

 

一年生の夏休みの宿題で

人権や環境問題などの作文を書くものがあり、

息子はそれだけでもとなんとか提出しました。

内容は「地球温暖化について」でした。

 

できあがった文章を読んでわたしは驚きました。

六年生の夏休みの宿題で書いた作文とは雲泥の差ほどに

文章力がついていたからです。

 

しかし息子は六年生も休みがちでしたし、

国語の授業もちゃんと受けられたともいえないほどだったのです。

 

でも

「成長してる」のです。

 

子どもたちは大人があれこれ教え込まなくても

「成長する」のです。

 

なんだか、

この当たり前のことに

感動しました。

 

大人はあれもこれも習わせて

勉強させてあげないと、、と思いがちです。

 

でも

子どもたちの中に何が眠っているのか

それは本当に未知数なのです💡



 

少し前に

息子が将来の道について話していた時

「でも全然勉強できてないし」「〜〜ができないし」とか

自己卑下する言葉ばかりがでていました。

 

そのときにわたしは

最近家族でテレビでみたダイアモンドの原石のことを交えて話しました。

「言はダイアモンドの原石なんだよ」

「今は光ってないと思えたとしても、いろんな経験が言を磨いて、削って、キラキラ輝かせてくれるんだから」

 

 

息子は今

毎日適応教室に行くのが楽しくて仕方ない様子。

友達とのやり取りが嬉しいティーンエイジャーとなりました。

適応教室という居場所が与えられたことは本当に大きなことでした。

 

先日は中学校の学年別体育大会にも参加することができました。

はじめは応援だけする、と言っていたのが

最終的にいろんな競技に参加したようでした(^w^)

息子の中で自信もついてきているようです。

 

 

 

「息子が不登校なんです」

って言ったら、みなさん顔を曇らせて心配げな顔をされるでしょう。

 

でも

この数年間の息子の苦しみから今は解放されて

「普通の不登校児」になった❗と胸を張って言えます、笑。

(もちろん不登校の子たちの痛み、悩みは様々です)

 

今は「中学校に戻ること」が目標ではありません。

息子にぴったりの道がきっとある。

それが中学校に戻ることならそれで良しだし、

戻らなくてもそれで良し。

 

未知数の息子が

これからどんな風に歩いていくのか

楽しみだ✨✨



 

 

 

 

 

 

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