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2018年2月

2018年2月 1日 (木)

PTSD

まさか

という感じだった。

夜眠る前に息子が

布団の上に座って言った

「歯が折れてから一ヶ月くらいだね」

「そうやね。
明日でちょうど一ヶ月やね

よくがんばってきたね。。」

この一ヶ月の息子の姿を思い浮かべて

わたしは言った

そして

その翌日から

息子は学校に行けなくなった

学校で

急に胸が苦しくなったり

冷や汗がたくさん出てきたり

吐き気がしてきたり

学校にいなくても

学校や、

学校に関わることを考えると

体に変調が出るようになった

(PTSD、、)

今まで幾度となく聞いたことはあったけど

自分とは関係のないことだった

この文字が頭に浮かんだ

心的外傷後ストレス障害

顔面に渾身のバットを受けたのだ

それは

想像を絶する恐怖だった

顔面にバットが当たった後

息子は

「ぼくの人生がおわった」と思ったそうだ

PTSDになって

当然だったのかもしれない

それから毎晩のように

悪夢にうなされる

青い顔をして

うなだれて

涙をずっと流す

自分を許せなくて

自分をたたく

フラッシュバック、、

そんな苦しみに怯える日々

夫は

大学で福祉を学び

精神保健福祉士でもあるから

この方面に詳しい

夫は

いずれ出てくるだろうと思っていたそうだ

怪我からちょうど一ヶ月

様々な喪失体験をした人が

ある区切りの期間を経て

精神的なショックがでてくることがあるそうだ

息子の場合もそうだった

とにかく

安心できる環境の中で

時間をかけて回復していくのを待つ日々、、

一時よりは回復してきたと思うけど

一進一退の日々

自分は何のために生まれてきたのか

この世界は何のためにあるのか

ぼくはこれからどうなるんだろう

人間はなぜ生きるのだろう

人間はなぜ生きるために生まれるのだろう

いずれ死ぬのに、、

息子は

そんなことも考え続けている

ふつう

青年期に考えるような

哲学的な悩みを

11歳の少年が自問している

あんなにも

友達と遊ぶのが大好きだった息子が

毎日引きこもって

友達が尋ねてきても

顔を見せることもできない

あんなにも

ひょうきんで

クラスのみんなを笑わせていた息子が

青い顔で思いつめている

そんな風に思うと

たまらなく苦しくなる

けど

救いなのは

教会には行けること

息子にとって

教会は家族

安心できる場所

だから学校には行けてないけど

教会は欠かさず行っている

ほんとに

ありがたい

教会のみんなに祈ってもらって

それがなければ

とても耐えられなかったかもしれない

学校のことや

いろんなことを忘れてるときは

いつもの息子通り

笑う

大好きなゲームしたり

Youtubeのヒカキンみてるときは

そこまで?

というくらい大爆笑してるときもある(^^;)

でも楽しく笑っていたかと思うと

急にうつむいて落ち込んでたりするから

それは

以前の息子にはなかったこと、、

昨秋

アートセラピーの学びをした

それは

「災害などで苦しむ人の助けになりたい」との想いから

その可能性として

アートセラピーにたどり着いたのだ

わたしが学んだ臨床美術は

直接的にはそういうケアをしている実績はない

でもアートプログラムをすることで

内面だけでなく脳も刺激される 

様々なよい影響がもたらされることがわかっていて

これから様々な分野で活かされることが期待されている

その学んだことが、

きっとこれからパズルのピースのようになって

何か道が見えてくるかも、、

学びを終えた時

そう思っていた

それが

PTSDで苦しんでいる息子を目の前にしていた

今わたしは

何ができるのだろうか

息子に

「絵を描いてみない?」といっても

気持ちが沈んでる息子は

そんな気になれないし

「これを通して回復してほしい」と願う

わたしの思惑を察して

よけい気が進まなくなる

無力

わたしは無力

「苦しむ人の助けになりたい」などと

声高に行動して

(もちろん心からそう思ったのだけど)

でも

所詮は

息子のためにも

お前は何もできないのだ

誰かに言われてるような

気がした

誰も

言ってないかもしれない

だけど

その想いがわたしを突き刺す

大切な息子が苦しんでいるのに

一緒に涙をながして

抱きしめることしかできない

毎晩

怖い夢を見ませんようにと祈って

でも翌朝

怖い夢をみたと目を泣きはらして起きてくる息子に

何もしてあげられない母親

ともすれば

落ちていくわたしの心

出口のないトンネルはないのだと

目には見えないけれど

共にいてくださる方がおられるのだと

思うようには

はかどらない回復に

目に見えないものを信じることが

いま

求められてるのだと

思わされる

数日前

なぜか無性に

絵が描きたくなった

夜の8時をまわっていた

「お母さん、なんだか絵が描きたい」

と言うと

「ぼくも描きたい」

と息子

アートセラピーの学びで出会った

オイルパステルを使って

描く

何かを描きたいというより

色や手触りや広がりを描きたいと思って

オイルパステルを

転がしたり

手でこすったりして動かしていたら

ふいに

物語が湧き上がってきた

「月は光を失ってしまいました」

「大変

 街の人々が月の光を楽しむ祭りがもう間もなくなのに」

「月は自分の光を探して旅にでました」

その物語をつぶやきながら描いていると

息子も

「ある日、朝日と共に人の乗っていない船が港に流れ着きました」

と物語を語り始めました

そしてまた

無言で手を動かす

「その船の中にあった宝の地図をもとに、人々は航海に出ました。」

無心に絵を描く

これこそが

アートセラピーの効果の出るところ

本当は

具象画ではなく抽象画的な絵を描くのだけど

そんなことはどうでもいい

無心になるとき

苦しみも

悲しみも

痛みも

過去も

未来もなくなる

ただあるのは 「今」

いろんなものから自由になる

不思議

絵を描こうって言っても

嫌がったのに

お母さん描きたいから描こうかな!

って言ったら

ぼくも描きたい、って言った

そっか

わたし自身が

描く喜びを味わっていたら

自然と

息子も惹かれるんだよね

なんだか

当たり前のことなんだけど

目からうろこだった

かなり遅い時間だったけど

時間は気にせず二人で絵を描いた

絵を描き上げた息子は

頬を高調させ

満足そうに絵を飾った

息子が学校を休んでから

ふた月を過ぎた

「見えることにではなく、見えないことに目を留める」

信仰を与えられますように

体の傷以上に

心の傷の回復は長くかかるという

じっと

静かに待つ

ゆったりと見守る

母となれますようにと

願う

「バネはね、伸びる前には縮まる

だからね、今のこの苦しいときも、、

これからグンと成長する

その前のステップなんだよ」

わたしの言葉に

息子はだまってうなずいた

Photo

朝日と共に訪れた船

Photo_2

宝の地図をもって航海へ

Photo_3

ある日

月は光を失ってしまったことに

気づきました

Photo_4

大変

街の人が楽しみにしている

星祭はもうまもなく

Photo_5

光を探す旅にでた月

ある日

地平線の向こうに輝く

大きな光を見つけます

「あ、あの光は、、、」

つづく、、かも(笑)

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喪失

あれは

昨年のハロウィンの日だった

学校から帰宅した息子は

「今日 野球するねん」と

嬉しそうに目をキラキラさせていた

6年生になってから

野球のおもしろさに目覚めたみたいで

放課後、友達と野球ができた時は

「楽しかった~」と毎回目を輝かせてた

「学校(の運動場)行ってくる」と

息子が出かけた後

デスクに向かって仕事をしていた

その時電話が鳴った

図書ボランティアで一緒のママさんからだった

普段電話がかかってくることはあまりない方だから

「どうしたのかな?」と思いつつ

電話にでた

「息子さんの顔にバットがあたったみたい

血を出てる

歯が折れてるみたい」

その方は慌ててそう言った

一瞬頭が真っ白になった

歯が折れてる??

とにかく行かなければ

徒歩1分で行ける学校が遠く感じた

駆け付けると

血を流して

分厚いガーゼが下唇にあててある息子の姿があった

上着は血まみれだった

表情はなく青ざめ虚ろな目の息子

口を少し開けさせてみると

歯が2本折れていることが確認できた

あまりのことに

息子を抱きしめて泣いた

野球をしていたお友達たちが

落ちている息子の歯を集めてくれた

歯は粉々にくだけていた

目を輝かせて出かけていってから

1時間もたっていなかった

その後、近所の信頼できる歯科に行き

診てもらった

口を大きく開けるのも難しい状況だったが

先生がなんとか診てくれた

前歯のサイドがそれぞれ1本ずつ折れていて

前歯も殴打のため動いてしまっていた

数ヶ月前に口内炎を診てもらった時に

「いい歯だ」と褒められたばかりだったこともあり

歯医者さんはとてもショックを受けられ

心配してくださった

その日ちょうど休みで外出していた夫も駆けつけてきた

「必ずなんとかします」とハッキリ言ってくださった歯医者さん

その言葉は震える心をどれだけ励ましてくれたか

その日は剥き出しになってしまった歯の神経を抜く処置をしてくださった

翌日は念のため脳神経外科へ

顎の骨も脳にも異常はなかった

最悪の状況は免れたのだと

とにかく

失ったものを嘆いても戻ってはこないので

顎の骨や

鼻が折れなかったこと

当たったのが頭でなかったことは

不幸中の幸いであったのだと

私たち夫婦も、息子本人も思った

今回のことで難しいのは

自分でこけて歯を折ったというようなものではなく

顔面にお友達の振ったバットが当たってしまった

ということ

ひどい打撲の痛みと

歯を失ったことに苦しむ息子

でも

バットを当ててしまった子の苦しみは

いかばかりか

そのことを思うと

何ともやりきれない

想いに押しつぶされそうだった

この出来事は火曜日であったと

記憶してる

切れてどす黒く腫れ上がっていた唇

しかし

子どもの回復力というのはすごい

翌週には口元の傷はすっかり治り

登校することができたのだ

かなりショッキングな出来事かつ危険な事だったので

学校でも問題になり

全校集会で話があったり、、、と

息子は一躍時の人(?)となった

求められれば気軽に歯を見せて

「歯が折れちゃったんだ」とお友達に説明していた息子

その後

参加できるか心配していた音楽会でも

アコーディオンの合奏と合唱をすることができた

そして楽しみにしていた奈良への校外学習も

笑顔で行ってこれた

大変な苦しみであったけど

その中で「いいこともあった」と発言した息子に驚かされた

今まで話したこともなかった別のクラスの子から

「大変だったね。歯はどうなったの?」と声をかけられたり

心配してもらえたりしたから

だという

そして何より

バットを当ててしまったお友達のことを

責める言葉は

一度も息子の口から出てこなかった

3年生の終わりの頃に

息子が起こしてしまった問題があった

それは誰かを傷つけたり、破壊したり

はたまた盗みを働いた

というようなものではないのだけれど

とても良くないことだった

それで息子は

「加害者になってしまった」苦しみを味わった

それは母であるわたしも同じだった

してしまった事は重い十字架となり

息子と母はずっと負っていかなればならない、、

そんな日々を過ごした経験があった

たぶん

その経験もあって

バットを振ったお友達の気持ちが

痛いほどわかっていたんだと思う

言葉にできないほどの衝撃と痛みを経験して

知ることができたものも

あったのかと、、

今回の出来事を通して

息子の成長を思っていた

それが

ちょうど

ハロウィンから一ヶ月がたとうとしていた頃だった

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