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2017年9月

2017年9月 8日 (金)

Vision   -Way maker-  2

わたしの中に与えられた

アートセラピーへの想い

それを少しずつあたためていた

でも

とにかく忙しい

その忙しさの中

アートセラピーの学びの場はないものかと調べたり

図書館で本を借りたりした

とっても良い本があって

そこで行われているアートセラピーの内容は

とても深いものだった

でも

その先生のことを調べてみると

う~ん

やはりこういうことをされてると

カリスマチックというか

そういう方向に行ってしまわれるのか、、、(^^;)

わたしはやはり

自分自身がそうであるように

神様のアイデンティティーに帰っていくことで

心のダメージや

心の奥のからまった感情が解きほぐされていくような

そういう体験をしてきた

それの後押しを

アートセラピーでしてあげられるような

そんな方法はないのだろうか、と思った

聖書の神様の土台にたっているものを学びたいと思った

そこで思い浮かんだ学校があった

昔出版社でデザイナーをしていた時に

そこの広告を取り扱ったりしたこともある

研究所だ

でも東京にある

ちょっと調べてみたけど

やっぱり東京

通信もあるみたいだけど

美術だよ?

実技の世界なのに

通信ってなあ、、

と思い

とまってた

でも今年のはじめの頃

友達にそのことを話してみた

そしたら

「通信やってみたら?」と一言

そうだな

通信でも

とにもかくにも初めてみたらいいのかもしれない

そして

資料請求をしたり

問合せたりし始めた

するとすると

なんと、、、

京都校開設!の案内が

京都!通える!

関西からの問合せが多くなったのかもしれない

とにかく

神様がわたしのために

道を拓いてくださったのだと確信した

感謝!

断然

通信より生で学ぶ方が良いに決まっている

そして

受講のための準備をいろいろ進め始めた

ところが

いよいよ

申し込む時となって

途端に

尻込みしだした

受講するためには

費用もかかるし

京都に通うことで家族に負担もかける

とにかく毎日ものすごく忙しいのに

わざわざ自分で追い討ちかけなくても、、

という思いがよぎり始めたのだ

これは神様が示してくれた道だと思ってきたけど、、

本当にそうなのかな

わたしが自分で突き進んでるだけじゃないのかな

って

思い始めてしまったのだ

そしたら

不安で

わからなくなった

そんな時に

毎月受けているゴスペルの個人レッスンがあった

シカゴ出身のゴスペルシンガーに指導を受けている

その日レッスンを受けていた曲

「Way maker」

歌詞の一部ですが、、

Way maker

Miracle worker

Promise keeper

Light of darkness

My God

That is who You are

You wipe away all tears,

You mend the broken hearts,

You are the answer to it all

Jesus

このフレーズを賛美していて

涙がとまらなくなった

そうだ

主ご自身が答えなんだと

道をつくられるのは主なんだと

何も恐れなくていい

主は涙をぬぐわれ

癒やされるのだと

そのみわざをおこなわれるのは

人ではなくて主

主が不安でとまっていたこころに

触れてくださったように感じた

主の追い風を感じた

恐れずいこう

色々とハードルがあると

感じたとしても

必ず主が乗り越えさせてくださる

そう期待して

とにもかくにも

まだ何もはじまっていない

何が待っているのかわからない

これを学んだからって

いきなり何かをつかめるものでもなく

誰の助けになれるわけでもない

でも

踏み出さなければ

何もはじまらない

まっさらなわたしで

臨もう

いってきます(^^)

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Vision  -Way maker-  1

去年のはじめだったと思う

ふいに

心の奥に湧き上がった想い

「アートセラピーだ」って

わたしの中で

様々なことで苦しむ人のため

少しでも力になれること

ないのだろうか、、

って

祈り

探ってきてた

その答えが与えられた、、

と思った

話はさかのぼる

その前の年の2月1日

日本中が震撼した

一人のジャーナリストが

テロリスト達によって命を奪われたのだ

なんとしても彼を救いたいと

彼のまわりの人も

彼と出会ったことのない人も

願い

祈った

わたしもその一人だった

ある日知人がfacebookに

一人のクリスチャンジャーナリストが紹介されている新聞記事を投稿していた

そのジャーナリストが

後藤健二さんだった

わたしはその記事を読んで

こころから感動した

「こんな活動されてる方がおられるんだ!」と

ただ現地のニュースを届けるだけではない

苦しい立場にある人々に寄り添い、活動された方

そして

その直後に

彼がテロリストの人質となっていることを知った

知人はそれだからその記事を投稿していたのだが

彼の活動に心底感動した後だったから

ものすごいショックだった

もし

「人質になってる人」の記事として読んだなら

もっと違ったかもしれない

とにかく祈った

朝起きたときから

夜眠りに落ちるときまで

祈りに祈った

出会ったことのない人のために

これほど祈ったのは初めてだった

だけど

その祈りはきかれなかった

彼は

一粒の麦となられた

彼の想いを受け継ぎたいと

彼を知る人たちは立ち上がっている

わたしは

この方にお会いしたことはない

でも

彼の大切にしてきたこと

それをわたしも

受け継いでいきたいと思わされた

さらに時はさかのぼって

2000年の9月11日に起きた

同時多発テロ

その後からおこったアフガン戦争

復讐の連鎖はとまらなかった

連日

新聞には傷つき涙を流す

アフガニスタンの子どもたちの写真が載っていた

わたしはその子達の写真を見ながら

泣きながら祈った

この子達が笑顔になれる日がやってきますようにと、、

そして

それから何年もたって

そう後藤さんの事件の時に知ったこと

後藤健二さんは

アフガン戦争の後、現地の子どもたちへ

色鉛筆やクレヨンを届ける活動をされていた

わたしが祈っていたあの子達のために

夢につながる道を届けていてくれたーー

食料

もちろん必要です

住まい

ないと困ります

でも

それだけではないのです

人が生きていくのに

必要なのもの

決して子どもに見せるべきでない場面を

たくさん見て、味わった子どもたちの

心の傷はいかばかりか

その子どもたちが

前にすすめるように

夢を

希望を描けるようにと届けられた

色鉛筆とクレヨン

わたしの中にある

いろいろな想い

そのピースがあわさった

それがアートセラピーへの

道だった

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