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2015年3月 4日 (水)

わたしは感動を描きたい

2011年

あの大震災の起こる約2週間前

わたしは旭川にいた

三浦綾子さんが書かれた「塩狩峠」を漫画にすることになり

その第一回目の取材旅行だった

三浦綾子文学記念館の館長をされている

綾子さんの夫 光世さんへのご挨拶もかねて

三浦ご夫妻の集われる旭川六条教会も訪れることも決まっていた

この六条教会

「塩狩峠」の主人公のモデルである

実在の鉄道員 長野政雄さんも明治期に集っておられたのだ

三浦文学を愛する者にとってはこの六条教会は聖地のようなもので

まさか訪れることができようとは、、と感無量だった


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その日「塩狩峠ー愛と死の記録」を著された中島啓幸さんにお会いできるのは知っていた

が、、

なんと綾子さんが「塩狩峠」を雑誌『信徒の友』に連載されていた際

挿絵を描かれていた油絵の中西清治先生

さらに「氷点」にでてくるヒロイン陽子と恋に落ちる青年 北原のモデルとなった三浦ご夫妻のご友人Oさん

も勢揃いされているではありませんか、、、!

わたしはすっかり恐れをなしてしまった


ここで話はさかのぼるけど、

数ヶ月前

「塩狩峠」の漫画化のお話がきた時のこと…

そもそも

三浦文学大ファンであるわたしは

自分ごときの漫画描きが描くことは許されないと思っていた

原作を愛するがゆえに、そのイメージを崩すことはしたくなかった

でも編集部から何度かのオファーがあった

そして編集部からの電話

編集者「三浦綾子さんの「○○○」はどう?」

わたし「う~ん、、むり」

編集者「じゃ、△△△△は?」

わたし「わたしその辺の歴史まったくわからないし、考えられないなあ」

編集者「じゃ、、、「塩狩峠」は?」

わたし「………」


なぜか「No」と言えなかった

その時思った

実話をもとにしてるこの作品…

わたしなどには到底ムリかもしれない

でも、、ムリであったとしても

これは挑戦しなければならないのではないだろうか…?

なぜか「塩狩峠」の時にはそう思ったのだ


わたしが「塩狩峠」に出会ったのは17歳の時

あの時の衝撃は忘れることができない

三浦綾子さんの作品の「道ありき」はすでに読んでいた

しかし、当時キリスト教に大変反発していたわたしは「道ありき」でさらに心を頑にした

綾子さんの歯に衣着せぬ語り口…

日本の文化が大好きで、日本人なら神道仏教が当たり前だと思っていたわたしは

「結局キリスト教が本物、だと言っているでばないか」

と生意気にも反感を覚えた

しかし

「塩狩峠」を読んだとき

主人公信夫の生い立ちと自分自身がリンクした

信夫の経験する葛藤と戸惑い…

共感した

そして衝撃のラスト

ものすごく感動した

でも、、、

ひねくれた女子高生だったわたしは

「感動したけど、どうせ作り話でしょ」と

心をクールダウンさせようとする

そのままあとがきを読み進めると…

そこに主人公信夫には実在のモデルがいることが記されていた

その時の

魂を揺さぶられるような感動を忘れることはできなかった

こんな生き方をした人が本当にいたのかーーー!

涙がとめどなく溢れた

「自分」がわからなくて

「自分」の醜さがいやでいやでたまらなかったあの頃

「これが本物だ」と思えるものが知りたかった

だから反発しながらも手探りして

再び綾子さんの作品を読んだのだ

そんなわたしに「塩狩峠」は

一筋の光を与えてくれたのだ

編集者からの問いかけに

その全部が思い起こされた

そしてしばし祈ってお返事すると伝え

数日後

お受けします、との連絡をした


話は戻るが

そんなやりとりを経て

「塩狩峠」を描くからにはなんとしても塩狩峠に行かなければならない、

しかも主人公のモデル長野政雄さんが実際に殉職された

2月28日に行かなければならない、と

旭川へやってきて

六条教会の扉をたたいたのだった

「塩狩峠」のことを知り尽くしているであろうこのお三方を前に

縮み上がっていたわたし(と編集者)

ちょっと資料をもらって写真とって帰ろう

くらいにしか考えていなかった

綾子さんと一緒に挿絵を考えてこられた画伯を前に

わたしの心はちんまりしぼんでいた

 綾子さんに会ったこともなく

 北海道民でもないこんな小娘に

 わたしたちの大切な「塩狩峠」を描けるのか

ときっと思っているにちがいない、と辛かった…

いろんな言葉が厳しく感じられ

いや、当然です

本当にみなさんにとって大切なこの作品

わたしのような者が漫画にするなんてとんでもないことでしょうね…

と三浦文学を愛するわたしですから

痛いほどその気持ちがわかった


でも、

これだけは伝えなければならないと心をきめた

「わたしは自分が未熟であることは百も承知です

でも…わたしは高校生の時にこの作品を読んで

魂が揺さぶられるほど感動しました

わたしはその感動を伝えたいんです」

と心の奥から絞り出すようにお話しした

その時

中西先生の目がキランと光った

(いや、確かに光ったのを見たのです)

そして中西先生は勢いよく

「そうです!それでいいのです!その感動を描きなさい!」と

熱く仰ってくださった

涙がでた


駅まで中島さんが車で送ってくださり

綾子さんの通われたお店なども紹介してくださりながら…

わたしのこころは軽かった

「わたし、綾子さんに天国でお会いした時「あれ良かったわよぉ」って言ってもらえるよう頑張ります」

そう中島さんにお伝えした



あれから4年後の2月28日

わたしは完成した漫画「塩狩峠」の単行本をお届けするため

塩狩にいた


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3年と半年の連載期間

漫画を描くとはこれほどまでに苦しいものかと

産みの苦しみを痛感した

家族の支え

たくさんの方の祈りに支えられ

この日を迎えることができた


今はただ

この作品が

綾子さんの原作と出会うきっかけとなってほしい

主人公のモデルとなった長野政雄さんの生き方を知ってほしい


この漫画を読んだ人が

神様の存在に思いを向けてもらえたら…

それ以上すばらしいことはない


でもきっと読んだ方の中に

「なんかおかしいぞ」とか思われる鉄道ファンの方もいらっしゃるでしょうし、、

「イメージと違う!」とか、、

色んなご意見、、でるんだろうな、、

怖いですけど、覚悟します(T T;)

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コメント

お恥ずかしながら、全くこのお話『塩狩峠』を知りませんでした。
が、この漫画に至までのお話を読んでその『感動』を書きたいという想いが、とても伝わってきました。
目頭があつくなっちゃいました。

ぜひ、読ませて頂きたいと思います。

投稿: ゆうゆ♡名村祐子 | 2015年10月16日 (金) 17時56分

>ゆうゆさん

ブログ早速のぞいてくだったんですね
コメントありがとうございます

「氷点」で有名な三浦綾子さんですが、「塩狩峠」もまた多くの方に愛されている作品です。

わたしの漫画でよければ、今度お会いした時に
サイン入れて(わたしのサインなんて大した価値はありませんが)お渡ししまぁす☆

そしてぜひ、三浦綾子さんの作品も読んでみてください☆
多くの方が『人生の教科書』にされています

投稿: ますみ | 2015年10月17日 (土) 11時08分

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